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2007年08月29日

世田谷区

世田谷区といったら住宅街で有名ですよね。私も昔一週間だけ住んでいました。
(なぜ一週間かは秘密です)

世田谷区(せたがやく)は、東京都の特別区の1つ。特別区(23区)の南西部に位置する。

東京23区内では面積2位、人口1位。堺市・新潟市・浜松市・静岡市の4つの政令指定都市より人口が多い

東京都の内、特別区(23区)の南西部に位置し、住宅地として知られる。神奈川県と接する南側には多摩川が流れ、多摩川が概ね都県境を構成する。都心から放射状に鉄道が通り、鉄道間の連絡や、各駅と住宅地を結ぶようにバス路線が走る。区北部は道路網が狭隘で非常に入り組み交通網の発達が十分とはいえない地域となっている。

地形的には大部分が武蔵野台地の内、南部(多摩川の段丘上)に位置し、地形の起伏が多い。南部は多摩川に沿い、区内他地域と比べて全体的に土地が低い。多摩川の段丘の斜面の連なりを国分寺崖線と言い、区ではその一帯を「みどりの生命線」と呼ぶ。

区は世田谷、北沢、玉川、砧、烏山の5つの地域に分けられている。各地域に行政機構の一部として総合支所が置かれる。

人口は都内第一位で、多くを住宅地が占める。二子玉川、三軒茶屋、下北沢などの商業地域や、成城、岡本、上野毛、等々力などの国分寺崖線沿いの高級住宅街等が有名で、等々力渓谷をはじめ自然が多く、林や公園などが多く存在する。

それでは世田谷区の歴史について少し解説します。

■歴史
江戸時代末期 42の村々が存在
1871年 廃藩置県により現世田谷区の範囲の内、中部・東部の村々は東京府荏原郡に、西部の村々は神奈川県の北多摩郡に属す。
(北多摩郡については三多摩や旧多摩郡についてを参照)
1889年 市町村制施行に伴い現世田谷区の範囲の内、荏原郡の村々は合併して世田ヶ谷村(後の世田ヶ谷町)・駒沢村(後の駒沢町)・松沢村・玉川村に、北多摩郡の村々は合併して砧村・千歳村になる。
1893年 三多摩(北多摩郡砧村・千歳村を含む)が神奈川県より東京府に編入される。
1922年 世田谷警察署ができる。
1932年 現世田谷区の範囲の内、荏原郡の町村は東京市に編入されて「東京市世田谷区」になる。
1936年 北多摩郡砧村・千歳村が東京市世田谷区に編入される。
1947年 特別区としての世田谷区が従前と同一の区域をもって誕生。新制中学校ができる。
1952年 世田谷区教育委員会ができる。
1963年 環状七号線が開通する
1968年 区の鳥・花・木が決定される。

世田谷区は確かに住みやすい場所だと思います。ただ23区で一番人口が多いなんて驚きですよね。

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